労働市場における賃金

 賃金問題の起源は古く、それは、労働サービスに対する市場取引が姶まった時点にまでさかのぼるといえよでしょう。したがって、賃金に関する歴史統計は、一般物価の諸資料と共に、古い時代の経済事情を伝達するきわめて重要な情報源の1つを構成します。しかし、ふつう経済学で扱われる固有の意味での賃金問題が生じたのは、資本主義が成立してのちのことです。社会科学者たちがこの問題に注目するようになったのも、資本主義成立期における広範な飢餓と貧困とが、広く労働者問題に世の関心を集めるようになって以後のことだといってよい。古典的な定義によるなら、労働者とは「他人の経済の中で労働する者」の総称であり、古くは雇用主によってその全存在を支配され、のちにはおのれの有する労働全休にわたって使用者の支配を受けたものであるが、近代に至っては自由な賃労働として、契約上一定の労働サービスだけを買手たる雇用主に売り渡すようになってきたのです。その際支払われる労働サービスの市場価格が賃金にほかならない。この自由なる労働は、物的獲得手段の私的営利企業による所有、市場の自由、合理的な技術、合理的な法、有価証券による企業経営および投機などとならんで,近代資本主義成立のための一大前提だ ったとされています。

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 このように考えてくると、同じ賃金変動といっても、その経済的内容にはときとところに応じて変化があります。賃金の動きを意味あるものとしてとらえるためには労働市場の成立が前提ですが、さらに、市場における取引の主体がどのような行動原理に従っているかが問われなくてはならない。私達がここで始めようとする分析は,資本主義成立後の経済社会を前提としており,原則として、ヴェーバーのいう合理的な行動様式を仮定したものである。そこで分析の材料を選択する際には,これらの前提と仮定とに矛盾しないように注意しなくてはならない。私達はこの分析においては、その対象を20世紀以降にかぎり、また焦点を非一次産業に合わせることにしました。20世紀以後だけを扱うのは、それ以前の時期には資料の点で問題が多いからでもありますが、主たる理由は、日本の資本主義の本格的な成立が20世紀初頭にあると思われることと、明治時代の労働市場は、それ以後のそれとはいささかその性格を異にするように考えられることとのためです。
 また、農林水産業セクターを排除するのは、この部門を支配する経済行動の原理が、その他の部門とは異質であるためです。端的にいうならば、私達は、伝統的セクターに対して近代的部門とか資本主義セクターとか呼ばれる分野だけを扱う。この分野では、利潤極大原理にもとづいて行動する企業家と、日常生活における効用極大をめざす労働者(家計)とが市場を構成し、需給法則に従って労働の価格が決定されます。いうまでもなくこれは単純化であって、基本的な考え方をスケッチしたのにすぎないし、非一次部門の中にも伝統的な行動原理を有する分野のあることは否定できません。
 例えば製造業のうちでも小企業や商業サービスにはその例が多い。しかし,これらの分野を「近代的セクター」に準じて扱うことから生ずる誤差は、非一次と一次との差を無視することによる誤差とくらべれば、はるかに小さいことでしょう。
 従来の賃金分析は、大別して次の4種類の観点から分類することができるでしょう。すなわち、理論モデル・対・経験的事実認識。実質賃金分析・対・貨幣賃金分析。均衡分析・対・不均衡分析。および市場分析・対・制度分析。
 このうち第1の分類法は、もっぱら演鐸的なモデルによる賃金決定を論する行き方と、統計資料などにより事実認識をつみ重ねる帰納的なアプローチとの差に注目したものです。いうまでもなく、私達が必要とするのはこの双 方です。分析の順序としてはどちらが先であってもよいが、何らかの形で実際のデータによる検証の行なえない理論ばかりでは経験科学は成立しないし、遂に経験的事実をいくら豊富に集めてもそれだけでは一般化に結びつかない。私達は、理論とはかならずしも密着しない事実の発見を重視しますが、それが分析の終着点であるのでは物足りないと考えられます。
 分類の第2法は、賃金が実質額で表現されるか,あるいは名目類でとらえられるかの違いに注目したものです。実質賃金というのは、手っ取り早くいえば物財(商品)単位ではかった賃金ということであり、名目額の場合には賃金として支払われるお金の絶対量そのものが問題となります。この両者 のいずれを考えるかによって、労働市場の需給調整機能の理解には微妙な差が生じます。1つの立場は、新古典派経済学の流儀に従って、市場における調整役をつとめるのは実質賃金だと考えることです。均衡においては実質賃金は労働の物的限界生産性にひとしくなるはずであり、そうでない場合には,均衡の安定条件が満たされるかぎり、この関係を成立させようとする力が働く、十分長い時間帯にわたって考察すれば、貨幣的錯誤を心配する必要もありません。そこで、この見方に従えば、かりに貨幣賃金変動の説明要因として物価の変動が使われたとしても、それは真の視説明変数である実質賃金の変動の分母と分子を分解して、分母を移項した結果にほかならないのです。
 しかしながら、労働市場の機能そのものに焦点をあてる場合には、賃幣賃金こそを被説明変数とすべきだとも考えられます。市場で直接調整の対象となるのは貨幣賃金であって、実質賃金だとはいい難いからです。もちろん、この立場に立つとしても、均衡において限界生産物と実質賃金との均等が生ずることを否定するのではありません。ただ、労働市場の実態からするなら、さしあたり市場において調整の対象となるのは貨幣賃金だとするのです。
 さて、第3の分類は、分析手法の性格に注目したものです。もしひとが、均衡点の軌跡を追うことを主眼とするなら、そこでは市場の不均衡な状況は問われないことになります。比較静学の立場はこの代表的なものです。これに対して、もし市場が均衡と不均衡との間を往復する過程そのものをとりあげようとするのであれば、それは動態的な市場の動きを追っていることになります。この区別はきわめて簡単なものですが、注意を怠ると混乱の原因となります。
 最後に第4には、上の第2、第3の分類法が、暗黙のうちに競争的市場を前提としているのに対して、むしろ制度的な諸要因とそれにもとづく非競争的状況とを重要視する立場があります。なかんずく、ここで問題となるのは労使間の団体交渉の影響です。制度的要因を強調するタイプの議論の場合には、その焦点は実質賃金であるとも貨幣賃金であるとも解し得よう。しかし、労使の間では,(実質)賃金コストに対するに(実質)生活賃がとりあげられるのであるから、直接取引の対象となるのは貨幣額であるにしても、その究極では実質額に関する配慮が働いているとみるべきでしょう。
 さて、以上に記した賃金分析の類型分類を参考にしつつ、私達自身の分析を位置づけることを次に試みてみましょう。
 私達の分析には、5つの目立つ特徴があります。そのうち最初の3つは分析手法に関するもので、あとの2つは分析対象についての基本的評価にかかわっています。
 まず第1に、私達は労働市場で調整を受けるのは貨幣タームのお金であると考えます。すでに指摘したように、この際にも実質タームの影響は前提としていますが、現実に市場取引の直接の対象となるのが実質賃金だとは考えられません。
 第2に、以下の分析では、均衡分析と不均衡分析の両者を併用します。第2部における議論は、市場の調整機能を対象としたものであるから、現実のデータは、市場がかならずしも均衡していない状態の反映だとみなしています。これに対して第3部では、均衡における需給関係を設定し,さらに均衡点と現実点との調整過程を問題としているから、均衡分析と共に不均衡分析をも行なっているということができるでしょう。
 第3の特徴は、この研究が原則として競争的な市場を想定して分析を進めていることです。ただし、これは作業仮説とでもいうべきもので、制度的諸要因や市場に不完全性のあることを否定するつもりはありません。
経済学でふつう考える「市場」の概念は、元来金融市場などにもっともよく合致するのであって、異質の労働が多種類併存し、情報量も不足がちな労働市場は、教科書の標準をもってすれば「劣等生」に属します。したがって、この市場が不均衡の状態から説するには、比較的長い時間を必要とするのです。けれども、市場機能を吟味する分析の出発点としては、まず理論的にもっとも明らかな状態を想定し、それでどの程度まで矛盾のない現実理解が可能かを試みるのが順序です。事実、私達は日本の労働市場が、ふつう考えられている以上に競争的、ただし経済学の意味でであり、ここで試験的に計測した簡単なモデルにも、予想以上に高い説明能力があったという感想をもっています。わが国では、とかく価格の果たす資源配分機能を軽視する傾向が強いようであるから、あえて市場機能を前面にすえた行き方もあってよいであろう。ただし、われわれの見方は、制度的要因が同時に存在したという可能性を方法論的に排除するものではありません。
 さて第4の点としては、私達が20世紀初頭に始まり1960年代に終わる比較的長い期間を通じて、できるだけ同質的なデータを用意し、これによって、第2次大戦前後の労働市場の性格をくらべてみたことをあげたい。もちろん、戦後の時期はまだ比較的短期間であり、めまぐるしい勢いで変革と成長の達成された時代であるから、その分析には困難な点もありますが、これを戦前と比較してみるのは有意義な作業です。ここで明らかにしたいのは、わが国の労働市場の性格であって、それが戦前・戦後を通じて統一的に説明できるような機能を果たしたか、またその特質が検出され得るものかどうかをたしかめたいのです。
 1960年代に至るまでのわが国経済は、過剰な労働力の存在をその一大特色としていました。それだけではなく、わが国の雇用形態には過剰就業とか低所得就業とか呼ばれる現象があり、その結果、完全失業者として報告される人びとの数は比較的少ないという性格があったけれども、それにもかかわらず,賃金の決定には市場のメカニズムが作用していたはずであり、賃金調整関数の概念が適用できないとは思われない。私達は、さまざまの制度的・構造的特質の分析と共に、市場分析の適用性があるものか否かを確認しておく必要があります。
 第5の特徴は、わが国の労働市場にいくつかの著しい特色があることを認めながらも、賃金変動のメカニズム自体に関しては、国際的にも一般性があるとする立場に立つことです。上にふれたように、わが国の労働市場には,さまざまの特質があるが、私達はあらためて次の3現象に注目しておきたい。すなわち,「二重構造」の存在,「無制限的」な労働供給、および「年功序列」的な賃金体系。ただ、注意しておきたいのは、これらはかならずしもわが国だけに「固有の」問題ではなく、条件がそろえば他の社会でも観察され得るものであり、その差は程度問題にすぎないことが多いという点です。過去においては、労働市場の諸特色のうち、そのあるものが「半封建的」だという意味あいで論じられたこともあるし、欧米の状況にくらべて「標準以下」という慨嘆の気持をこめて語られたこともある。けれども,一般性あってこその特殊性であるから、そのいずれかだけを強調するのでは,ことがらの金貌がつかめない危険があります。そこで、賃金変動の分析においても,われわれはむしろわが国の体験の「一般性」に注目することから始めたい。もちろん、特殊性を強調しすぎる危険と同様に,過度に一般性を主張することの誤りもあります。しかし、上に例示として掲げたような特色を十分認めた上でも、なおかつ、賃金変動に一定の一般的ルールかおり得ることは否定できない。遂にいえば、わが国において,どの程度そのルールが成立しているのかがわかれば,日本の経験がいかなる点で他国と異なるかを評価するのに役立つでしょう。

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